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東京地方裁判所 昭和48年(ワ)531号 判決

原告

千田義克

被告

佐藤成治

ほか一名

主文

(一)  被告らは各自原告に対し、金二一二万八、四三二円および内金一九二万八、四三二円に対する昭和四九年一二月一一日から、内金二〇万円に対する同月一七日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

(三)  訴訟費用のうち、鑑定に要した費用は被告らの連帯負担、その余の費用はこれを五分しその一を被告らの連帯負担、その余を原告の負担とする。

(四)  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の申立

一  請求の趣旨

(一)  原告に対し、被告佐藤成治は金一、四六六万二、三〇三円、同富士火災海上保険株式会社は金一、〇〇〇万円および右各金員に対する昭和四九年一二月一一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(二)  訴訟費用は被告らの負担とする。

(三)  仮執行の宣言を求める。

二  請求の趣旨に対する被告らの答弁

(一)  原告の請求を棄却する。

(二)  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

(一)  事故の発生

1 日時 昭和四四年二月一一日午前九時頃

2 場所 東京都渋谷区代々木三丁目五九番地先路上

3 加害者 普通貨物自動車(練馬四め二、〇三六号)

運転者 訴外茂木石男

4 被害車 普通乗用自動車(品川五う四、五七九号)

運転者 原告

5 態様 原告が日赤病院前から西参道方面に向つて進行中、反対方向から来た加害車が中央線を越えて原告の進路上に侵入したため、被害車の右前部に衝突した。

6 結果 右事故により原告は、頭部打撲、頸椎捻挫、腰部打撲等の傷害を負つた。

(二)  被告らの責任

1 被告佐藤茂治は加害車を所有し自己のため運行の用に供していたものである。

2 被告富士火災海上保険株式会社(以下「被告会社」という)は、被告佐藤との間に、加害車につき、期間を昭和四四年一月一八日から一ケ年間、保険金限度額を金一、〇〇〇万円、被保険者を同被告とする自動車対人賠償責任保険契約を締結した。

3 被告佐藤は零細な左官業者で無資力であるが、被告会社に対し右保険金請求権を行使しないので、原告がこれを代位行使する。

(三)  原告の損害

1 未払治療費 金一万六、一六〇円

昭和四七年二月から同年三月にかけて上山整形外科病院に通院した際の費用である。

2 逸失利益 金一、四四〇万一、一四八円

原告は、本件事故前三ケ月間に訴外東京都民自動車株式会社(以下「訴外都民自動車」という)から金二四万八、九五〇円の給与を支給されていたが、これには賞与等の特別給与は含まれていない。これを単純に一年間に換算しても金九九万五、八〇〇円となり、労働省の賃金構造基本統計調査の昭和四四年男子全産業労働者の平均給与額を上まわつている。

原告は、昭和四九年一二月一〇日まで本件事故による傷害のため全く稼働できず、昭和四九年一二月一〇日から少くとも七年間は後遺症(頸椎の可動性がほぼ生理的範囲の二分の一に制限され、頭痛その他交感神経症候群のため労働に従事することができない場合がある。)のため、労働能力が五六パーセント喪失した。

従つて、昭和四四年二月一一日から昭和四五年二月一〇日までを事故前三ケ月間の給与を基礎に算出し、その後昭和四六年二月一〇日までを前記労働省の調査による昭和四五年の平均賃金額により、以下同様に昭和四七年二月一〇日までを昭和四六年の、昭和四八年二月一〇日までを昭和四七年の平均賃金額により、昭和四八年二月一一日から昭和四九年一二月一〇日までを昭和四八年の平均賃金額により、それぞれ一〇〇パーセント喪失したものとして算出し、その後七年間を昭和四八年の平均賃金額の五六パーセント喪失したものとしてライプニツツ方式により中間利息を控除して算出すると、原告の逸失利益は金一、四四〇万一、一四八円となる。

3 慰謝料 金一二五万円

4 弁護士費用 金一三三万円

(四)  損害の填補 金二三三万五、〇〇五円

1 訴外都民自動車から受領した分 金八一万九、七四〇円

2 訴外日本交通株式会社(以下「訴外日本交通」という)から受領した分 金二六万五、二六五円

昭和四五年一二月から昭和四六年六月までの原告に対する給与の合計である。

3 自賠責保険から受領した分 金一二五万円

(五)  結論

よつて、原告は、被告佐藤に対し未だ填補を受けていない損害金一、四六六万二、三〇三円、被告会社に対し前記保険金限度額である金一、〇〇〇万円および右各金員に対する本件事故発生の日の後である昭和四九年一二月一一日から支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告らの答弁

(一)  請求原因(一)のうち、1ないし4の事実を認め、5のうち訴外茂木が中央線を越えたことを否認し、その余の事実はすべて不知。

(二)  同(三)のうち、1および2の事実を認め、3の事実を否認する。

(三)  同(三)のうち、1および4の事実は不知、2の事実を否認し、3の慰謝料額を争う。

(四)  同(四)の事実を認めるが、後記のとおり原告主張の金額以上に損害が填補されている。

三  被告らの主張

(一)  代位要件の不存在

1 責任保険は、被保険者が第三者に対する賠償責任を負うことになつた場合に、これより生ずべき損害の填補を目的とするものであつて、第三者たる被害者に発生した損害の填補それ自体を目的とするものではないから、責任保険における保険金請求権の発生は、被害者たる第三者の加害者たる被保険者に対する不法行為責任の有無およびその範囲が確定することを当然の前提としているものと解すべきである。従つて、原告の被告会社に対する債権者代位権に基づく保険金請求は、その前提条件たる被害者、加害者間の損害賠償責任関係における賠償額が未確定であるから、その要件を欠いて不適法である。

右のように解すべき理由を次に述べる。

(1) 責任保険においては、被害者たる第三者と被保険者たる加害者との間の責任関係および賠償額が確定しなければ、保険関係の責任の有無および保険金額を確定しえない。

(2) 本件事故当時の自動車保険普通保険約款(以下単に「約款」という)二章一条二項は「自動車が自動車損害賠償保障法に基く責任保険の契約を締結すべき自動車である場合、当会社は、その損害の額が同法に基き支払われる金額を超過する場合に限り、その超過額を填補する責に任ずる」と規定しているが、損害額が自賠責保険を超過するか否かは、事故発生時ないし被害者の被保険者に対する請求の時点では全く不明で、被保険者の被害者に対する損害額が確定してはじめて自賠責保険で填補される金額が定まり、任意保険の保険金請求権が発生し、かつ、その請求部分が特定される。

(3) 約款三章一一条一項七号は「あらかじめ当会社の承認を得ないで損害賠償責任の全部又は一部を承認しないこと」とし、また同条二項において、被保険者が正当な理由なく右条項に違反したときは「当会社が損害賠償責任がないと認めた部分を、それぞれ控除して、填補額を決定する」と規定し、保険会社の承諾をえて被害者と被保険者との間において示談が成立することを保険金請求権発生の要件としている。

(4) 保険金請求権の発生時期ないし履行期は、被害者と被保険者たる加害者との間の損害賠償責任および賠償額が確定したとき(示談の成立または判決の確定したとき)と解され、全損害保険会社で右と同様の解釈のもとに保険金支払手続が慣行として行なわれている。

(5) 仮に責任関係の確定が前提条件でないと解すると、次のような耐え難い不合理な結果を生ずる。

(イ) 責任関係における確定手続とは別個独立に保険関係における二当事者間における賠償額具体化のための手続を行なうことを肯定しなければならないが、これは保険関係の権利義務は責任関係における権利義務を論理的前提としているという、責任保険制度の本質的要請に反するのみならず、二重の手間を要するという点で無駄であるとともに、責任関係と保険関係とにおける各賠償責任額の確定手続において、一致した金額に到達する制度的保証はなく、相互に異る金額が確定した場合の混乱が予想される。

(ロ) 事故発生と同時に保険金請求権が発生すると解すると、消滅時効の点で被保険者に不利益となるのみならず、自動車損害賠償保障法一五条により、被保険者の保険金請求権の時効が被害者の支払時が起算点とされていることと矛盾する。

(ハ) 本件の如く責任関係と保険関係とを同一訴訟で請求した場合には、一応同時判断の可能性はあるが、もし責任関係のみ上訴した場合、損害賠償額が争いのない状態に達する前に保険金請求権の当否を判断したことになる。もつとも右両請求が必要的共同訴訟として取扱われれば、右両請求は矛盾なく確定するが、そのように解すべき根拠がない。さらに、責任関係における損害賠償額の確定とは、和解あるいは判決の確定をいうものであるところ、責任関係と保険関係とが同一訴訟で同時に判断されても、その判断の時点においては確定されていないことは明らかである。

(6) 本件約款以前の約款二条二項には「被保険者が法律上の損害賠償義務に基き之を賠償したるとき」と規定され、保険金請求権行使の前提要件として先履行主義がとられていたが、本件約款では二章一条一項本文で「当会社は、被保険者が下記各項の事由により、法律上の損害賠償責任を負担することによつて被る損害を賠償責任条項および一般条項に従い填補する責に任ずる」と改正された。しかしこれは、以上述べたところによれば、先履行主義をその前段階である「賠償額の確定」まで緩和したにすぎず、それ以上のものではないと解すべきである。

2 原告の請求は、民法四二三条の要件を欠いて不適法である。

債権者代位権行使の要件は、(a)債務者が無資力であること、(b)債務者が自から権利を行使しないこと、(c)保全の必要性があること、であるところ、(a)被告佐藤には十分な資力があり、(b)同被告は、約款に従い被告会社に対し、事故報告および損害程度等を通知し、原告との責任関係が確定し次第保険金の支払手続を受けようとしているから、権利を行使しない状態ではなく、保険会社は免責事由などがない限り、損害額が確定すれば保険金を遅滞なく支払うのが現状であり、(c)保全の必要性とは、債務者の財産による弁済の不能または困難のため、債権の価値を失わしめるおそれのある場合をいうところ、被保険者たる加害者は保険金が確定する前には譲渡が不能であり、仮に譲渡可能であるとしても、仮差押をすれば、その価値を失うことはない。自動車保険は無事故による保険料の割引規定があり、仮に交通事故により賠償義務を負担しても、保険金請求をせず、自己の一般財産から賠償した方が次年度以降の割引率を比較すると有利であることが多々あり、無条件に代位請求を認めると、被保険者の権利を不当に侵すことになるから代位請求を許すべきでない。

3 保険金請求権は権利と義務を包含した法的地位であるから、保険金請求権と不即不離の関係にある義務性を捨象し、その権利性のみを抜き出してその権利についてのみ代位行使をするということは到底許されない。

(二)  過失相殺

本件事故現場は、訴外茂木の進行方向に向つて右にカーブし、かつ見通しの悪い場所である。そのため同訴外人は速度を時速三〇粁位に落して中央線上を進行していたところ、反対方向から時速四〇ないし五〇粁で道路中央付近を走つて来る被害庫を発見し、急ブレーキをかけ左転把したが間に合わず加害車を被害車に衝突させてしまつたものである。この事実によれば、原告に徐行義務違反、前方不注視の過失があることは明らかである。

(三)  損害の填補

原告は、自賠責保険および訴外日本交通からの填補のほかに別紙損害填補一覧表(一)記載のとおりの損害の填補を受けている。

四  被告らの主張に対する原告の答弁

(一)  被告ら主張(一)を争う。

(二)  同(二)の事実を否認する。

(三)  同(三)のうち、訴外都民自動車の支払金額および被告佐藤支払分のうち、昭和四四年三月五日および同年七月二一日の分を否認し、その余の支払金額を認める。訴外都民自動車から受領したのは別紙損害填補一覧表(二)記載のとおり合計金八一万九、七四〇円であり、被告佐藤から昭和四四年七月二一日に受領したのは金三万円である。また、被告佐藤から受領したのはすべて治療関係費である。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  事故の発生

請求原因(一)のうち、1ないし4の事実は当事者間に争いがない。

そして、〔証拠略〕によれば、本件事故現場付近の道路状況が別紙現場見取図記載のとおりで、アスフアルト舗装された平担な曲線道路であること、道路北側にはコンクリート塀があつて見透しを妨げていること、本件当時路面が乾燥していたこと、最高速度が時速四〇粁に制限されていること、訴外茂木が時速三〇粁位の速度で加害車を運転し、日発病院方面に向う途中、九〇糎位中央線を越えて進行し、別紙現場見取図〈1〉付近で三五米位前方の〈あ〉付近に対向して来る被害車を認め、左転把したが及ばず、後記のとおり被害車に衝突したこと、一方、原告は被害車を運転し、時速五〇粁位で日発病院方面から西参道方面に向けて進行中、同図〈ア〉付近で自車線上を進行してくる加害車を認め、急ブレーキをかけたが及ばず、〈×〉付近で加害車の右前部と被害車の右前部とが衝突したこと、以上の事実が認められ、〔証拠略〕の各一部は、右認定の距離関係、スリツプ痕の状況等に徴してたやすく措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

被告らは、原告にも徐行義務違反、前示不注意の過失があつた旨主張するところ、原告に前方不注意の過失があつたことを認めるに足りる証拠はないが、右認定事実からして、仮に原告が制限速度を遵守しておれば、本件衝突事故を回避できたものと推認され、この点において原告にも過失があつたものということができるが、しかし、このような道路状況のもとにおいて、中央線を越えて進行した訴外茂木の過失に比すれば、原告の右過失は極めて軽微であるということができる。従つて、本件においては、原告の損害について過失相殺をするのは相当でないものと考える。

二  被告佐藤の責任

被告佐藤が加害車を自己のため運行の用に供していたことは当事者間に争いがない。

三  原告の傷害および後遺症

(一)  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

原告は、本件事故により、頭部、腰部打撲傷、頸椎捻挫の傷害を負い、複視、頭重感等を訴えて、まず、黒須外科病院に昭和四四年二月一一日から同月一八日までの間六回通院し、翌一九日から同月二一日まで入院して治療を受けた。

次いで原告は、偏頭痛、項部痛、前腕のしびれ感を訴えて、同年三月三日から同月一八日まで四回天下堂医院で治療を受けたが、同月一八日をもつて、右症状を残したまま治癒(症状固定)したとの診断を受けた。

さらに、原告は、同年五月九日から昭和四五年三月一一日まで一五回昭和大学附属秋田外科病院に通院したが、当初、頭痛、頭重感、耳鳴り、目まいを訴え、脳波検査では棘波がみられた。そして、後には、第四腰椎棘状突起圧痛、叩打痛、第四頸椎圧痛、叩打痛、左後頭神経圧痛、左上腕神経叢圧痛、心窩部痛、両下肢しびれ感、項部痛、背痛、視力低下、悪心等を訴えるようになつた。なお、第三、四腰椎前方に脊椎上り症、第五腰椎右脊椎分離症もみられたが、これは先天性のものである可能性が強く、本件事故によるものとは言い難い。

また、その間原告は、昭和大学附属烏山病院に昭和四四年五月一三日から同年一二月一一日頃まで通院したが、同病院では、視力障害、頭重感、耳鳴り、短時間の意識障害を訴え、脳波検査の結果、右半球頭頂から側頭にかけて棘波が認められたため、抗けいれん剤の投与を受け、その結果前記症状はやや軽減したが、同年七月二一日に、なお現状では運転業務に就くことは不可能であると診断された。しかし、その後同年一〇月および一二月の検査では、脳波は正常となつた。

さらに原告は、昭和四五年四月四日から同月一八日まで六回近藤外科胃腸科病院に通院したが、肩凝り、頭痛、腰痛、左下肢しびれ感を訴え、第二、三頸椎圧痛、左後頭神経痛、第三、四腰椎圧痛、左坐骨神経痛がみられ、脳波にはやや不正波がみられた。

そして、原告は、妻の実家のある鳥取市に帰り、星野医院に同月二八日から同年七月二一日まで四回通院し、項部圧痛、頭重感、左半身のしびれ感、左難聴を訴えたが、脳波検査の結果は正常であつた。

その後原告は、長期間通院治療をしなかつたが、昭和四七年二月二一日上山整形外科医院に昭和四六年六月頃から項部痛があること、その他肩凝り、耳鳴り、目まい、左上肢しびれ感等を訴えて通院し、昭和四八年一月二三日まで一一回通院したが、その間昭和四七年三月八日には症状が固定し、頸椎の可動性は自動運動でほぼ生理的範囲の二分の一であり、一般的労働能力は残存するが、頭痛その他交感神経症候群のため労働に従うことが出来ない場合があり、特に右旋障害があるのでタクシーの運転は困難である旨の診断を得、さらに同年九月二〇日には山陰労災病院において頸椎可動制限が自動運動で正常の二分の一以上に制限されており、後頭部痛、手指の知覚鈍麻、大後頭神経に圧痛がある(頑固な神経症状を残す)が、レントゲン検査では頸椎に年令的変化以外の著明な変化は認められないとの診断を得た。

最後に、昭和四九年一〇月二五日から同年一一月二日までの間鑑定のため入院検査した際には、レントゲン検査では頸椎に変形等はみられないが、頸肩諸筋、各神経に圧痛があり、左斜角筋症候群が存在し、疼痛のためか頸椎の運動範囲は正常の半分近くまで制限されており、原告は、両手指のしびれ感と知覚障害、目まい、耳鳴りを訴えていた。右は自覚症状が主で、他覚的および客観的所見に乏しいが、ある程度の他覚的所見は認められ、一概に詐病であるということはできない。

(二)  〔証拠略〕によれば、次の事実が認められ、右認定に反する〔証拠略〕の各一部はたやすく措信しがたく、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  原告は、昭和四四年夏頃タクシーに乗つて通院する途上、トラツクに側面から衝突される事故に遭遇し、その後タクシー会社に慰謝料として三〇万円を請求に行つたが断わられた。またその頃原告は、一時短期間タクシーに乗務したことがあつたが、勤務中身体の工合が悪くなつたため勤務を中止したことがある。

2  原告は、本件事故当時訴外都民自動車のタクシー運転手として勤務していたが、本件事故に遭遇してから前記のとおり鳥取市の妻の実家に身を寄せていたところ、昭和四五年五月頃訴外森下建材店こと森下善雄から、人手が足りないのでダンプカーの運転手として働いてくれないかと誘われ、アルバイトのつもりでダンプカーの運転や自動車の修理などに従事し、自己所有の普通乗用車で通勤していた。ところが、同年六月一三日飲酒し、呼気一リツトル中にアルコール分を〇・五ミリグラム以上保有し、酒に酔つた状態で右自動車を運転中、時速三〇粁位で左折中の前車である軽四輪乗用車の左後側面に追突する事故を起した。衝突の際かなり大きな音がしたが、衝撃はそれ程大きいものではなかつた。

3  原告は、右事故後間もなくから森下建材店で働くのをやめたが、昭和四五年一二月一日から以前就職したことのある訴外日本交通株式会社に再就職し、鳥取市を中心とする定期路線バスの運転手として勤務し、本採用となるまでの二ケ月間位は通常の勤務成績を示したが、本採用となつたのちの昭和四六年三月頃から無断欠勤、私事欠勤が多くなり、残業時間も他の者より少い状態となつた。しかし、勤務中の成績自体には特段不都合な点もなく業務を遂行していたところ、同年三月二一日に至り、呼気一リツトル中にアルコール分を〇・五ミリグラム以上身体に保有し、酒に酔つた状態で自己所有の普通乗用車を時速五五粁位で運転中、左折する際に、時速六〇粁位で後続していた軽四輪貨物自動車の進路上に急に自車を進出させたため、同車の右側ドア付近に自車左前部を接触させる事故を起した。このため、同年五月二〇日に一年間の運転免許取消処分を受け、同年六月一〇日訴外日本交通株式会社を依願退職した。

4  その後同年七月初め頃知人の紹介で訴外野村建材店に臨時に修理工とブルドーザーの運転手を兼ねて勤めるようになり、工事現場でブルドーザーの運転などをしていたが、同月二一日公安委員会の運転免許を受けず、かつ、呼気一リツトル中に一・〇ミリグラム以上のアルコール分を身体に保有し酒に酔つた状態で、自己所有の普通乗用車を時速四〇ないし五〇粁で運転中、交差点の手前で信号のため一時停止した前車の発見が遅れ、衝突を避けるため、急ブレーキをかけて右転把したところ、路面が濡れていたために滑走し、交差する道路に信号待ちのため停止中の普通乗用車の右前部に自車の右前部を衝突させる事故を起した。

5  原告は、警視庁府中運転免許試験場で、昭和四七年五月二四日学科試験に合格し、同日技能試験は不合格となつたが、同月二九日技能試験にも合格した。

(三)  〔証拠略〕によれば、鳥取市へ移つてからの原告の私生活は、体調が優れないこともあつて、家で無為に過すことが多く、このためこれを嫌う妻の母とのあつれきを生じ、かなり乱れたものであつたことが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

(四)  以上認定した諸事業を総合して考えるに、最近における原告の症状が原告の訴を主としており、他覚的症状に乏しいこと、昭和四五年七月二二日以降昭和四七年二月二〇日までの長期間にわたり治療の空白期間があること、本件事故後、原告は四度も事故に遭遇していること、半年間バスの運転手として勤務したことがあることなどの事情に徴し、前記上山整形外科医院、山陰労災病院および鑑定による診断結果が真実原告の状態を反映しているとしても、それが本件事故によるものであるかどうかの点において多大の疑問があるといわざるをえない。むしろ、原告の症状の推移、生活状態等に徴すると、昭和四五年四月二八日に星野医院に通院を始めたころにはすでに症状固定状態にあつたものと認めるのが相当であり、昭和四七年二月一一日以降の治療については本件事故と因果関係があるとは認められない。そして本件事故による原告の労働能力の喪失割合は、原告の職業がタクシー運転手であることおよびその症状に徴し、昭和四四年八月末日まで労働能力を一〇〇パーセント喪失し、その後五年間は、労働能力を二〇パーセント程度喪失したものと推定する。

四  原告の損害 金四二七万円

(一)  未払治療費

原告は、未払治療費として昭和四七年二月から同年三月にかけて上山整形外科病院に通院した際の治療費として金一万六、一六〇円を要した旨主張し、成立に争いのない甲第一一号証および原告本人尋問の結果によれば、右事実を認めることができるが、原告の傷害および後遺症について既に述べたところによれば、右費用が本件事故と因果関係を有するものであるとは必ずしも言えないので、原告のこの点の主張は採用できない。

(二)  逸失利益 金三二七万円

前記認定事実および弁論の全趣旨により真正に〔証拠略〕によれば、原告が本件当時タクシー運転手として昭和四三年一一月、同年一二月、昭和四四年一月の三ケ月間に合計金二四万八、九五〇円(年収に換算すると金九九万五、八〇〇円)の収入を得ていたことが認められる。ところで、当裁判所に顕著な労働省の賃金構造基本統計調査等によれば、全産業全男子労働者平均給与額は、学歴計で昭和四三年が金七五万七、六〇〇円、昭和四四年が金八六万一、六〇〇円、昭和四五年が金一〇二万六、九〇〇円、昭和四六年が金一一七万二、二〇〇円、昭和四七年が金一三四万六、六〇〇円、昭和四八年が金一六二万四、二〇〇円、昭和四九年が前年の三〇パーセント程度増であると認められる。原告の賃金も他に特段の証拠のない以上毎年四月一日以降右平均賃金額の上昇率に従つて上昇するものと推定されるので、これによつて算出すると、原告の年収は、昭和四四年四月から金一一三万二、四九九円、昭和四五年四月から金一三四万九、七七一円、昭和四六年四月から金一五四万〇、七五五円、昭和四七年四月から金一七六万九、九八八円、昭和四八年四月から金二一三万四、八六八円、昭和四九年四月から金二七七万五、三二九円となる。

これによつて、原告の逸失利益を算出すると、昭和四九年一二月一〇日の現価においてほぼ金三二七万円となる。

(三)  慰謝料 金一〇〇万円

前記原告の症状および症状固定までの入通院状況その他記録上認められる諸般の事情に鑑み、原告に対する慰謝料としては金一〇〇万円が相当であると認める。

四  損害の填補 金二三四万一、五六八円

(一)  原告が自賠責保険から金一二五万円の填補を受けたことは当事者間に争いがない。

(二)  原告が訴外日本交通から昭和四五年一二月から昭和四六年六月まで合計金二六万五、二六五円の給与の支払を受けたことは当事者間に争いがないが、原告は、本訴において昭和四九年一二月一〇日まで全く稼働できなかつたものとして逸失利益を算定したうえで、その間に得た右給与を損害が填補されたものとみなして控除しているところ、前認定の事実によれば、原告は右給与を得ていた期間にはすでに八〇パーセントの労働能力があつたのであり、右給与額は右八〇パーセントの範囲内の労働によつて得たものと評価しうるから、これを得たからといつて、前認定の原告の損害が填補されたことにはならないというべきである。

(三)  被告らは、被告佐藤が原告の損害の填補として、治療費金二一万九、〇〇〇円、交通費および雑費金四万九、六七七円を支払つた旨主張するところ、右のうち金四万九、六七七円が昭和四四年八月三一日および同年一〇月二〇日に支払われたことは当事者間に争いがなく、弁論の全趣旨により原告の妻紀代が原告を代理して作成したものであると認める〔証拠略〕によれば、右金員が本件事故と相当因果関係を有する原告の出費に対するものであると認められる。また、右治療費のうち金一五万二、五〇〇円が昭和四七年二月一七日以前に支払われたことは当事者間に争いがなく、その余の金六万六、五〇〇円については当事者間に争いがあるが、仮に被告らの主張事実が認められたとしても、それが、昭和四四年七月二一日以前に支払われたことは、被告らの自認するところであつて、その支払日および前記原告の入通院状況からして、右治療費はいずれも本件事故と相当因果関係にあると認めた昭和四五年七月二一日以前の治療に関するものであると推定される。そうとすると、本訴において、原告は、交通費および雑費ならびに昭和四五年七月二一日以前の治療費については損害額算定の基礎としておらず、かつ、本件において過失相殺をしないこと前記のとおりであるから、右各費用が支払われたことをもつて、原告の前記損害が填補されたものとすることはできない。

次に、被告佐藤が昭和四四年八月二五日原告に対し金五万円を支払つたことは当事者間に争いがないが、被告らはこれが休業補償として支払つたものであると主張し、原告はこれが治療費として支払われたものであると主張するので考えるに、〔証拠略〕によれば、右金員が休業補償として支払われたものであると認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。してみるとこの分は原告の前記損害を填補するものであるというべきである。

(四)  〔証拠略〕によれば、被告佐藤に資力がないため、本件事故当時の原告の勤務先である訴外都民自動車が休業補償について同被告のため立替払することとして原告に支払つて来たが、支払総額について原告との間に争いが生じたため、昭和四七年二月二七日同訴外会社において、原告、被告佐藤および同訴外会社役員中西菊治らが立会のうえ関係書類を検討して、同日までに原告に対して支払われた金額の合計が金一〇四万一、五六八円であることを相互に確認したことが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果の一部はたやすく措信しがたい。また、〔証拠略〕により、原告が受領金額を控えたものであると認められる甲第一六号証には、原告が訴外都民自動車から受領したことを自認する別紙損害填補一覧表(二)のうち、小額のものについては勿論のこと、6および12の金額についてさえその記載がなく、同号証が原告の受領した金額をすべて記載したものとは到底認められないので、同号証をもつて右認定を覆えすことはできず、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

右事実によれば、訴外都民自動車が被告佐藤のために原告に対して立替支払した分は金一〇四万一、五六八円を下らないものと推定される。

五  弁護士費用 金二〇万円

原告が本訴追行を弁護士に委任したことは当裁判所に顕著な事実であり、その報酬等として如何ほどの金員を支払い、または支払う旨約したかについては何らの証拠もないが、弁護士に訴訟追行を委任した以上それ相応の報酬等を支払うべきことは当然のことであるので、本件事案の内容、訴訟経過、認容額等に鑑み、本件事故と相当因果関係があるものとして被告佐藤に請求しうべき分としては金二〇万円が相当であると認める。

六  まとめ

以上述べたところによれば、被告佐藤は原告に対し、金二一二万八、四三二円およびこれから弁護士費用分金二〇万円を控除した残金一九二万八、四三二円に対する本件事故発生の日の後である昭和四九年一二月一一日から、右金二〇万円に対する本件口頭弁論終結の日の翌日である同月一七日から、いずれも支払ずみまで民事法定利率年五分の割合による遅延損害金を支払う義務がある。

七  被告会社の責任

(一)  請求原因(二)、2の保険契約締結の事実は当事者間に争いがない。

(二)  代位請求について

1  被告会社は、債権者代位権に基づく責任保険金請求は、加害者、被害者間における損害賠償責任関係における賠償額が、示談の成立ないし確定判決によつて確定していることが要件であるところ、本件においてはその要件を欠くから不適法である旨主張する。

(1) 〔証拠略〕によれば、本件事故当時に用いられていた約款は、二章一条一項において「当会社は、被保険者が………法律上の損害賠償責任を負担することによつて被損害を………てん補する責に任ずる。」と規定し、同条二項において、保険会社の填補額を自賠責保険金額を超過する場合にその超過額とするいわゆる上積み保険条項を設けているほか、責任承認禁止条項、損害証明書類提出義務条項等(約款三章一一条一項)を定めていることが認められ、右諸規定から、約款上保険金請求権の履行期が到来するためには、責任関係における賠償額が確定することを要することを当然の前提としているものと推認することができるし、また、責任保険は、責任関係における当事者である加害者たる被保険者が被害者に対して現実に賠償しまたは賠償すべき義務を負担したことによつて蒙る損害の填補をその目的とし、責任関係における加害者の被害者に対する賠償額が具体的に確定しない限り、保険契約上の填補額を決定しえないとの性質とに鑑みれば、責任関係における賠償額の確定が保険金請求権の履行期到来のための前提要件であるということができる。

しかし、約款上、賠償額が、まず責任関係の当事者である加害者、被害者間において示談ないし確定判決によつて確定していることを必要とする趣旨の規定はなく、また責任保険の前記性質からしても、賠償額が代位訴訟の当事者間で確定されれば十分であつて、責任関係の当事者間で予め確定していることまで必要とすべき理由はない。

(2) 被告会社は、右のように解すると、保険関係の権利義務は責任関係における権利義務を論理的前提としている責任保険制度の本質に反する旨主張するが、右はあくまでも論理上の問題であるに止まり、責任関係の権利義務が論理的前提であるからといつて、この確定が保険金請求の手続的前提であるとまではいえないことは明らかであつて、右主張は理由がない。

また被告会社は、前記のように解すると、責任関係における確定手続と保険関係における賠償額の具体化のための手続とを別個に行なうことを肯定しなければならないが、これは二重の手間を要するという点で無駄であるのみならず、右両手続において異る金額が確定した場合の混乱が予想される旨主張するが、右のような事態は、まず責任関係における賠償額の確定手続が先行し、のちに保険金請求の代位訴訟が提起された場合においても、大なり小なり予想されるところであつて、所詮、右事態は 現行の債権者代位制度ないし訴訟制度に由来するものというべく、このような事態が起りうるからといつて、前記判断を左右することはできない。

さらに被告会社は、事故発生と同時に保険金請求権が発生すると解すると、消滅時効の点で被保険者に不利益である等と主張するが、消滅時効の起算点の問題と本件において問題となつている保険金請求権を代位行使することの可否とは直接関係のない問題である。

2  被告会社は、本件原告の代位請求は民法四二三条の要件を欠く旨主張するところ、〔証拠略〕によれば、被告佐藤が原告に対して右認容金額を支払うだけの資力がないことが認められ、右認定に反する証拠はないので、保全の必要性があることは明らかであり、また、被告会社の主張自体によつても、被告佐藤が被告会社に対する権利を未だ適法に行使したものとは認められない。

3  被告会社は、保険金請求権は権利と義務とを包含した法的地位であるから、そのうち権利だけについて債権者代位を認めることは到底許されない旨主張するが、被保険者たる加害者において保険契約上の義務の不履行がある場合には、保険会社はこれをもつて代位債権者たる被害者に対抗しうるので、債権者代位請求を認めたからといつて、保険会社である被告会社に何らの不利益をも強いるものではないから、このことをもつて債権者代位が許されないとすることはできない。

以上のとおり、被告会社の主張するところはすべて理由がなく、結局、原告の被告会社に対する本訴請求は適法であるというべきである。

(三)  ところで、責任関係における賠償額は、訴訟要件であると同時に本案請求権の前提として審理され、口頭弁論終結時までには確定されるものと考えられるので、保険金請求権は口頭弁論終結時には履行期に達するものというべきである。従つて、被告会社は原告に対し、金二一二万八、四三二円およびこれから弁護士費用分金二〇万円を控除した残金一九二万八、四三二円に対する本件事故発生の日ののちである昭和四九年一二月一一日から本件口頭弁論終結の日である同月一六日まで年五分の割合による金員および右金二一二万八、四三二円に対する右翌日の同月一七日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金のうち原告の請求する年五分の割合による金員を支払う義務がある。

八  結論

以上の次第で、原告の本訴請求は、被告ら各自に対し、金二一二万八、四三二円および内金一九二万八、四三二円に対する昭和四九年一二月一一日から、内金二〇万円に対する同月一七日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度において理由があるからこれを認容しその余の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 瀬戸正義)

損害填補一覧表 (一)

〈省略〉

損害填補一覧表 (二)

〈省略〉

別紙 現場見取図

〈省略〉

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